うららかな小春日和の通学路。
あっ、小春日和は春の好天のことではありません。そのへん、よろしくお願いしますね。
と、うんちくはいいとして、そんな通学路にうら若き乙女がふたり。うろんな空気をまといつつ、うだうだなさっておいでです。
そんなおふたり、もちろん制服姿の女子高生、と見えてじつは、
ベルフェゴール「もぉ~、学園行くのめんどくさ~ぃ」
アスタロト「だいたいなんであたしが学園行かなきゃなんねー、つーんだよ。うざってーんだよ!」
まごうかたなき魔王さまがた。
怠惰の罪のベルフェゴールさま、それに憂鬱の罪のアスタロトさまです。
とはいえ、いつもと雰囲気もコスチュームも違います。
おふたりともに学園の制服をおめしになっているのはいいのですが、しかしふつうの女子高生とはちょっと、いえだいぶ異なっています。
というのもおふたり、さっきから道にどっかりとしゃがみ込んで動く気配もなく、けっこうかなりじゃま。
なので、ほんとうに登校している他の生徒たちがつい見てしまうと、
ベルフェゴール「なに見てるのよぉ! こっち見んな! なのよぉ!」
アスタロト「そうだそうだ! こちとら見世物じゃねえんだっつの! ぁあ!?」
ジロッ! と見返します。
かなり目つきの悪いのと態度が悪いのと行儀が悪いのと、そういう塩梅なので、通りかかった誰もが目を伏せ、なかったことにして足早に通り過ぎます。
魔王さまがたはそのたびに、けっ! とか、へっ! とか言い捨てていますが、なんとなく手持ちブタさ、いえ、手持ち無沙汰。
でもなぜ地獄の魔王さまがたがこんなヤンキーまがいなことを?
じつは、わけがありました。
ベルフェゴール「んー、アスたろーはどう思う~? こういうの、おもしろいん?」
アスタロト「こういうの、って、ベルフェが言ったんじゃない! 昨日の晩「Rine」で話してたとき、やろうやろう、って。だから眠いのがまんして早起きして来たのに!」
ベルフェゴール「そうだっけ? でもほらぁアスたろーも、楽しそー、やりたーい、って言ったたからぁ」
アスタロト「えっ、それは、たいくつだったから、そうだけど……でも! いまヤンキー、流行ってる、とか、カツアゲって美味しいよねー、とか、ベルフェが言うから」
どうやらいろいろと間違っているごようす。
ひとまず路上でう〇こ座り、というヤンキースタイルにたどり着いたところまではよかったのですが、その先なにをしたらいいのか、おふたりの魔王さま、よくわからないのでした。
いちおうは、ベルフェゴールさまが制服のスカート丈も超ミニの、ギャルふうヤンキー。アスタロトさまが、ずるずる引きずりそうな長いスカートの、昭和のスケバンふう、と住み分けができているところはさすがです。
ベルフェゴール「じゃあさじゃあさ。アスたろー、カツアゲして来てみて」
アスタロト「えっ! あたしが? 無理無理無理無理! ぜぇーったい、無理! だいたい、べリアルさまに見つかったら、怒られちゃう!」
ベルフェゴール「へいきだよー。いまのわたしたちを見てわかる人なんていないもん。魔王もねー」
アスタロト「そうかなぁ……いいのかなぁ」
うながされてアスタロトさま、あたりを見回すと、ちょうどそこへ、カモっぽい男子生徒たち三人がやってきました。
やっぱり魔王さまおふたりを見るや、驚いたような顔をする三人。いまです。インネンをつけるチャ~ンス!
意を決して立ち上がると三人に近づき、
アスタロト「お、おい! そこのおまえら! なに見てんだよ! あたしの顔がそんなに珍しいのかっつーの!」
ここぞとインネンを吹っかけるアスタロトさま。
意外とまともにできました。新たな属性に目覚めたのかも。
ところが吹っかけられた側の男子生徒三人。
男子生徒A「意外と小柄っすね」
男子生徒B「てか、けっこうかわいくないすか?」
男子生徒C「美少女じゃね?」
言われたアスタロトさま、
アスタロト「な! な、なに言ってんのよ! あ、あ、あたしがかわいいとか、あ、ありえない! バカじゃない! ば、ば、バカにしないでよぉぉおお!」
真っ赤になってベルフェゴールさまのもとへ逃げ帰ります。
ベルフェゴール「ん~? どしたのぉ、アスたろー?」
アスタロト「だ、だって! だって、だって、だってぇえ! あたしのことが、か、か、かわいいとか抜かしよりますねん、じゃない、言うんだからぁ! ぜったいぜったいバカにしてるのよぉお! 魔王最弱だからって、ナメられてるんだぁあ!」
身を震わせて訴えるアスタロトさま。
それを見たベルフェゴールさまは、
ベルフェゴール「ぇえー、そんなことないよぉ。アスたろーはぁ、かわいい! んだよ」
アスタロト「ひぇえええ! べリアルさまにも言われたことないのにぃ!」
こうなると赤くなったり青くなったり忙しいアスタロトさま。
けれどとにかく、焦りまくりの動転しまくりなのはたしかのようです。
そんなアスタロトさまをやさしく見守るベルフェゴールさまが言います。
ベルフェゴール「だぁいじょうぶだよぉ。それに、あの人たち、アスたろーのことかわいいって言ってるんだから、もうカツアゲ成功したようなもんだよ?」
アスタロト「ほんとに?」
ベルフェゴール「ほんとほんとぉ。だからもういっぺん行ってきたらぁ?」
アスタロト「……わかったわ。行ってみる!」
アスタロトさま、こんどこそと勇んで男子生徒三人のもとへ向かいます。
威勢良く、
アスタロト「や、やいやいやい! 出しやがれ! よ!」
言いました。
そのうえ、キッ! と睨みつけます。ちょっと涙目ですが。
これには男子生徒たちも驚いて、
男子生徒A「出せ、ってなにを?」
アスタロト「なにを、って決まってるじゃない!」
男子生徒B「あ、もしかして、これってカツアゲ?」
アスタロト「そう! そうよ! カツアゲよ! わかってんなら、さっさと出すもん出しやがれ! なのよ!」
最後のところはちょっと声も震えていたアスタロトさま。もう涙がこぼれ落ちそうなのです。
すると男子生徒たち、三人で顔を見合わせ、鎌首持ち上げ……ではない雁首そろえて相談し始めます。
男子生徒A「どうする? なんかカツアゲされちゃってますけど、ぼくたち」
男子生徒B「といっても相手はかわいい女の子ひとりだし、ぜんぜん余裕なんだけど」
男子生徒C「でもかわいいしなぁ。それになんだか、断ったら泣いちゃいそうだし」
うんうん、とうなずき合い、どうやら話が決まったようです。
アスタロト「こ、こ、こらー! こっちが黙ってれば、いつまでこそこそやってんのよ! カツアゲに応えろっつーの!」
男子生徒A「うんうん。はいはい。怖いねー。じゃあ、これ」
アスタロト「へっ?」
そう言ってアスタロトさま、つい受け取ってしまったものを見てみます。
それは、
アスタロト「飴……キャンディー?」
男子生徒A「そうそう。ちょうど今日、妹の誕生日でさ、買っておいたんだ。いやー、こんなことがあるとはね。役に立ってよかったよ」
男子生徒B「ぼくも、ちょうどうちのネコに買ってきたネコ缶、持ってたからこれもあげよう」
男子生徒C「あー、オレはそういうの、ないんだよなあ。しかたない。こないだ買ったえんぴつ削り、これあげるよ。まだ買ったばっかだぞ」
棒のついた大きなキャンディー、いちおうきれいにラッピングされています。
それと、ネコ缶、まごうかたなきキャットフード。
さらにえんぴつ削り。どう見ても百均で買ったものでしょ、的な。
あれよあれよという間に、アスタロトさまの手に積み上げられたカツアゲの戦利品。限りなく微妙。
てか、ネコ缶とかなに? ケンカ売ってるの? な感じなのですが、
アスタロト「い、いいの? こんなにいっぱい、ほんとに?」
男子生徒A「いいよいいよ。食べて食べて」
男子生徒B「いっぺんに食べてお腹壊さないようにね」
男子生徒C「でももうこんなことしちゃダメだぞ。約束だよ」
アスタロトさま、パァーッ、とお顔が明るくなります。涙までこぼれそうです。さっきとは別の意味で。
アスタロト「あ、あ……ありがとー!」
アスタロトさまが手を振る向こうで、男子生徒たちも手を振って去っていきます。アスタロトさまのとなりには、いつの間にかベルフェゴールさまが。
ベルフェゴール「よかったねぇ、アスたろー」
アスタロト「うん! すっごいうれしい!」
ベルフェゴール「アスたろーはやればできる子なんだよぉ。わたし、わかってたよ」
アスタロト「ありがとうベルフェ! でももうカツアゲはしないけど」
ベルフェゴール「うんうん。あ、もうこんな時間だ。ネトゲのイベントが始まっちゃうから、じゃあねえ!」
アスタロト「あ! うん、じゃあねえ! 今日はありがとー!」
別れるおふたり。
どうやら今日のこのことは、気弱なアスタロトさまのために、自信をつけてあげようというベルフェゴールさまの気遣いだったのかもしれません。
それはどうやら成功したようです。
……その晩のアスタロトさま。
アスタロト「ベリアルさま! どうぞ!」
ベリアル「なんだい、今日はずいぶん豪華じゃないか。真新しい缶詰なんて、贅沢だねえ! ……ぅん? ちょっと味が微妙だけど。なんでネコの絵が描いてあるんだい?」
アスタロト「それは、ネコがかわいいし、なごむからじゃないですか。そんなことより、ほらぁ、デザートのキャンディーもあるんですよ!」
ベリアル「すごいじゃないさ! ……うん、甘い。半分お食べ、アスタロト」
アスタロト「はい、ベリアルさま!」
充実した晩餐をベリアルさまと召しあがった、とのことです。
めでたしめでたし……。
