
サタン:「つまらん。地上世界でもつぶしに行くか……」
もの哀しい初秋の風で舞い落ちるモミジ、カエデ、イチョウ……紅葉満開の公園のベンチでおくつろぎの魔王様。
お昼寝からお目覚めになり、あくび混じりにつぶやかれたのは戦慄の一言。
気だるそうにかき上げる真紅の髪。思わず吸い込まれてしまいそうなほどに妖艶な冷たい眼差し。鍛えぬかれた四肢にも関わらず、適度な弾力と滑らかさを残したままのイケナイボディが少しだけ肌寒そうな魔王様は……
サタン:「生ぬるい風、まったりと過ぎる時間。この中途半端な季節が気に入らん」
いつもの如く、ご機嫌斜めだった。
サタン:「よし、戦争だ」
スクッと立ち上がり、戦闘準備体制へと移る。武器を持つ右手に力が入ると同時に、サタン様の瞳の奥が妖しく光った。
サタン:「お前らも楽しませてくれるだろう?」
そこは戦いの魔王様、一度本気をお出しになれば、影でコソコソとお昼寝中のサタン様を覗き込んでいたような一部の隠れファンは、一瞬にしてその戦闘オーラに惹き込まれ、右手を胸に「ヤー!」などと奇声を上げながら半魔物化する始末。
サタン:「そうだな……。喜べ! まずは貴様ら全員、八つ裂きにしてやる!」
イライラもピークのサタン様の気を鎮めるために必要なのは、多分誰かの犠牲だったりするわけで……。つまり、これはサタン様自ら手を下して下さるかもしれない絶好のチャンスだったりするわけで……。あえて犠牲になりたい気持ちと、これからも影でコッソリ見守りたい気持ちの間で揺れ動くドス黒い純情もあるわけで……。
小動物:「クゥ~ン……」
―――その時だった!! それはまさに悪魔の一鳴き。
全員が期待したサタン様直々のお手打ちが下る次の瞬間、当の魔王様は300m先のダンボールへと猛ダッシュ。
茶色い箱の中を満面の笑みで覗き込んでいた。
小動物:「クゥ……クゥ~ン……」
お約束通り、段ボール箱から愛くるしい顔をのぞかせる小動物たち。小さな体を震わせ、つぶらな瞳でサタン様を見上げる。
サタン:「ああああああ~」
一撃ノックダウン……。何を隠そうこのサタン様、魔王様きっての可愛いモノ大好きっ娘なのだッ!
サタン:「こんなにも可愛い小動物を捨てるなど、許せん!!」
身勝手な人間の都合など、言語道断!元飼い主へと……否、人間そのものへと高まる憤怒。
そんなサタン様に引きずられるかのように、いがみ合いを始める半魔物達。憤怒の渦が世界を包み込み、再びサタン様の鉄槌が、全ての人間に向け振り下ろされかけた瞬間……。
小動物:「クゥ……クゥ~ン……」
サタン:「どうした? 寒いのか? お腹が空いてるのか……」
サタン様の足下で小さな声を上げ、世界を救ったのは捨てられたはずの小動物だった。
サタン:「あわてずに飲むんだぞ。みんなの分、あるからな……」
いつもと違うデレデレな姿を見られるのがよほど恥ずかしいのか、誰にも覗かれないよう、ダンボールを抱えてサッと木の影に隠れたのは、さっきまでアレほど憤怒してらした美しい魔王様。キョロキョロと周りを確認するお姿が、なんとも可愛らしい。
もちろん半魔物化してもなお、サタン様を覗き続ける懲りない面々によって、草むらの中はすし詰め状態。
サタン:「あはははは。コラ、くすぐったいよ……」
ミルク片手に体育座りのサタン様。
指先をチロチロと舐められて、照れくさそうに頬を染めるサタン様。
サタン:「ああ、ダメダメ。私は、エサじゃ無いってば。なめちゃダメ~」
―――か、神様、たまらんですたいっ!
ムンとした熱気が草ムラ特有の臭いと相まって人々を酔わす異様な興奮の中、彼らは心から小動物に感謝した。そして……心から嫉妬し、憤怒した。
―――もしも願いが叶うなら、あの小動物になりたい!! と……。ズルい、キタナイ、羨ましい!! と……。
サタン:「うちにくるか? 一緒にお風呂で温まろうな……」
地団駄を踏む人間たち。ニヤリと笑う小動物たち。
人々は気づいていなかった。それが小動物なりの小さな復讐劇だったということに。
小動物:「クククク……。クゥ~ン」
