
「アイドル?」
魔王さま一同が首をかしげます。
けれど力強く、確信を持って、
ルシファー「そう、アイドルよ!」
高らかに言い放つルシファーさま。
もともと豊かな胸をさらに張り、ご自身の思い付きに自信たっぷりです。
ルシファー「これからはアイドルよ。アイドルしかないんだから!」
熱弁なさいますが、
アスモデウス「『愛取る』? いいわねぇ、私も信者の愛欲エネルギーを根こそぎいただいちゃおうかしら」
サタン「『愛奴る』とは。そうか、奴隷どもを狩り集め、地上に我が軍団を築くのだな。その話、乗ろうではないか!」
レヴィアタン「あいどる? よくわかんないけど、レヴィ、ルシファーお姉さまに賛成! レヴィもあいどる、うんと集めちゃう!」
ベルフェゴール「I DOLL? 新しいFPSならやってみたいな。体験型シミュレーターも好きだよ。あ、でもめんどいのならノーサンキュ」
ベルゼバブ「アイドル、美味しい? アイドルなに味?」
基本、みなさまわかっておられないごようす。
ルシファー「違ーーーーーぅ! あなたたち、いっぺん脳みそ川でよーーーく洗って来たほうがいいわよ! 襞のあたりも念入りに掃除なさい!」
思わず激高するルシファーさまですが、
マモン「知っていますわよ。アイドル、かんたんに言えば、地上界の職業のひとつのようなもの。シンガー、アクトレス、パフォーマー、ひっくるめてタレント、と言ったほうがいいかしら」
ルシファー「それよ、それ! それがアイドルなのよ! わたしにぴったりだと思わない? 決めたわ! わたしアイドルになる!」
ようやくまともな答えが返って来たことに気をよくされたルシファーさま。いっきにアイドル宣言までなさってしまう盛り上がりよう。
サタン「待て! 戦うわけでもなし、歌など歌ったり演技したり、そのアイドルとは、いったいどこがよいのだ」
レヴィアタン「えーーー! ルシファーお姉さまがアイドルになって地上へ行っちゃったら、レヴィどうしたらいいの! さびしいから、ヤだぁああ!」
まだまだ理解が行きわたっていないというか、理解する気がないというか。これでは脳みそを川で洗濯して来いと言われてもしかたありません。
ベルフェゴール「う~ん、これだよね」
そこへベルフェゴールさまが差し出したのは、携帯用ゲーム機。
画面上にはさまざまなかわいらしい、美麗で可憐なアイドルたちのグラフィックが。ポチポチとボタンを操作しますと、さらに歌ったり踊ったりイベントしたり。
アスモデウス「あら、ゲームなのね。アイドル……メイカー? プレイヤー好みのアイドルをメイキングしてレッスンして、CDやDVDを出して、コンサート、TV出演、取材、CM……。人気が上がるとコインが溜まって、さらに大規模に」
ルシファー「そう! 少しはわかったみたいね。アイドルになれば、信者がいっきに増えてわたしの人気もうなぎ上り! 魔王崇拝だって、ずっとやりやすくなるはずよ。もちろんゲームじゃないわ。現実よ!」
ベルゼバブ「うなぎ、おいしい。稚魚、豊漁祈願」
まだちょっと一部ズレているものの、どうやらルシファーさまの想いと企画はおおむね伝わったようです。
レヴィアタン「じゃあ、ルシファーお姉さまがアイドルになって、どんどん信者を獲得するのね! マネーも!」
ルシファー「ええ、それにアイドルって、とっても華やかで輝いていて、わたしのためにあるみたいな仕事だもの! アイドルは人気が命。ほら、見渡したって、いちばん向いてるのはわたしなんだから!」
またも胸を張るルシファーさま。トップ九十センチを余裕で超える自慢のバストが、プルッ! と揺れるのも誇らしげです。
サタン「ふむ。戦ではないのだな。あまり気は進まぬが、大衆の人気を奪う、いっしゅの情報戦と見た。それもまたよかろう」
マモン「マネーでしたら、わたくしのドラッグを地上界で売りさばけば、あっという間に稼げますのに。いいえ、危険ドラッグなどではありませんわ。服用すれば気分が高揚し、たちまち有り金をわたくしの口座に振り込みたい誘惑を抑えきれなくなりますの」
ルシファー「だーかーらー! もっと合法的かつ合理的にかせぐのよ。アイドルは夢を売る仕事。わたしが夢を売ってあげれば、ファンになった者たちは、よろこびながらマネーを持ってくる。どっちもウインウイン! 誰にも文句は言わせないわ。こんなステキな搾取があって?」
ベルゼバブ「ウインウイン、ゥィンゥィン……」
どうやらルシファーさま、早くもアイドルの仕事がしたくてしかたがないといったふう。
アスモデウス「たしかにアイドルって、キラキラしててかわいいわよね。みんなにチヤホヤされて楽しそうだし、そのうえ稼げるなら」
ベルフェゴール「楽しい、気持ちいい、お金いっぱい、新しいゲームやデジタルガジェットもいっぱい買える、信者いっぱい増える、地上の侵略も楽になる」
サタン「なんと! 一石二鳥どころか、三鳥、四鳥……ええい、よくわからぬが! やってみる価値はたしかにありそうだな!」
ベルゼバブ「キラキラ、チヤホヤ、おいしそう」
どうやら大勢は決まったようです。
マモン「そういうことなら、わたくしがマネージャーを勤めますわ。ええ、ご安心なさって。自分で言うのもなんですけれど、管理能力は折り紙付きですの。いまでもファクトリーでは使い魔たちを三交代制の二十四時間態勢で、ドラッグをフル生産させてますのよ」
アスモデウス「まぁ、考えてみればアイドルっていうのも、ファンの信者たちからCDやグッズやイベントで、お布施を貢がせる宗教のようなものよね。アイドルって「偶像」っていう意味だけれど、わたしたちも地上では一部偶像的に崇拝されているし、ぴったりかもしれないわね」
レヴィアタン「お姉さまがアイドルで地上へ行っちゃったらさびしいけど、うまくいったらレヴィもやるもん! お姉さまとユニットでアイドルなの!」
ルシファー「いいわね、わたしたち全員がいっしゅのアイドル。どんどん搾取して、地上を支配するわよ!」
意気上がるルシファーさま。
魔王さまがたの賛同も得て、いよいよアイドルを目指します。なんといっても、ご自身がいちばん乗り気で、輝きたいお年頃なのですし。
……それから地上時間で三か月後。
信者の社長を操作し、大手プロダクションからデビューしたルシファーさま。あれよあれよという間に人気は急上昇。
うなぎ上りどころか鯉の滝登り状態です。
CD、DVDあるいはブルーレイ、名前やお写真を戴いた各種グッズ、イベント、テレビ出演、各種CM、はてはパチンコにいたるまで、ありとあらゆる商品が連日ものすごい売上。売り切れ続出の、長蛇の列は秋葉原駅から御徒町駅までも繋がり、コンサートでは東京ドームでも入りきらずに人はお茶の水方面まで人があふれ、チケットはコンマ1秒で完売、ほかにも連日の各種媒体で報道合戦。
巷の人々がルシファーさまを見ない日はありません。
かように人気核爆発状態のルシファーさま。
ついに今日、湾岸エリアに新設されたインフェルノスタジアムで百万人コンサートが実現です。
ルシファー「みんな、盛り上がってる~!? 次の曲、行くわよ~!」
交錯するカクテル光線とスポットライトの中、華麗に躍り出るルシファーさま。
アイドルコスチュームに身を包み、かわいらしくも艶やかで、エッチで美しく、キラキラ輝いて、ようするにオーラ全開!
そんなお姿を拝顔する信者、もといファンたちも、「おおおおおお~!!!」いっせいに声を上げます。
そのどよめきだけで、巨大ドーム型スタジアムが振動するほど。
客席を埋め尽くしたケミカルライトがリズムに合わせて舞います。
ウエーブも回ります。ぐるんぐるん。
さいしょから最後までスタンディングオベーション。
そうしてコンサートが最高潮に達した、そのときでした。
ルシファー「いぇ~い! 今日はありがとー! みんな、みんな大好き!」
伸びあがって最上階の客席にまで手を振るルシファーさま。
しかし、テンションマックスの中、無意識に魔力が漏れ出してしまいます。それは魅力のオーラとともに、ルシファーさまの地上界におけるフィジカルなお姿=お身体を微妙な部分、スケールアップさせていました。
まわりくどい言い方になってしまいましたが、つまりは、
ルシファー「……ぇ!?」
プチッ、ピーン!
ボリュームアップしたバストがコスチュームの胸元を弾き飛ばしたのでした。
あらわれ出でたのは、ルシファーさまのトップレスお姿。
直後の客席の沈黙。一転、「ぬぉぁああああ! ほわぁぁあああああ!! ごわぉぉおおおおお!!!」
天をも揺るがす大音声に、ドーム屋根が危険なほど揺れました。
ルシファー「きゃぁあああああっ! イヤぁああああああっ!」
ルシファーさま、露出した胸をかばって悲鳴を上げます。同時に、背中から翼がバサッ、あらわれると、そのまま一直線に空へ。
ドームの屋根などかんたんに突き破って、キラッ! 消えていったのです。
ルシファー「もうヤだぁああ! アイドルなんて、もうやめてやるんだからぁあああ!」
夜空にルシファーさまのお声が響き渡ったとか。
ちなみに、逃走の際に放出された膨大な魔力のせいで、観客たちのここ一時間ほどの記憶は失われ、
テレビ・ビデオカメラ、スチールカメラのデジタルメモリーも吹っ飛んだ、とのことでございます。
