
ピー、ピピーッ!
青空にこだまするホイッスル。
緑したたるピッチでは、ひとつのボールを追って多くの選手たちが走り回っています。その数22名。
そうです。フットボール! まぁ、サッカーですね。
おりしもいま、地上界ではサッカーの熱い気運が盛り上がりまくっているのです。
といってもここは、某有名世界大会の会場ではありません。
サタン「ふむ、やっておるな!」
観客スタンドから睥睨するように見下ろすサタンさま。そうです、ここは魔王さまがたがおわす学園。
そのサッカーチームが、他の学園のチームを招いての試合がいままさに行われているところなのです。
試合自体は、成績に関係のない親善ゲーム。
しかしそこはサタンさま。
サタン「スポーツといえば軍事教練と同じ。まして試合は、戦争に等しい!」
言いきっています。それはもう、一ミリの誤差もなく。
ですから、
「そうだ、行け! 右翼から攻め寄せろ!」
「守りが薄いぞ、なにをやっている!」
「弾丸を敵の中枢へ叩き込め!」
など、聞いているととてもサッカーの仕合の応援、激とは思えないフレーズの数々。すっかりエキサイトしておいでのようです。
と、そこへ、
アスモデウス「あら、お楽しみのようね」
現れたのはアスモデウスさま。サタンさまの隣に腰を下ろします。
サタン「アスモデウス卿! 卿もこの模擬戦を観戦しに来られたのか。たしかになかなかの見ものではある」
アスモデウス「模擬戦? あら、サッカーのことよね?」
サタン「サッカーというのか。さっきからまったく手を使わないのでおかしいと思っていたのだ。両手に武器を持てばかんたんに相手を倒せるというのに。あのボールもいっこうに爆発しないしな」
アスモデウス「はぁ? いえいえいえ、サッカーは戦争じゃないのよ。ゲーム! スポーツなんですからね」
サタン「なに、戦ではなくゲーム? ……ふぅ、人間のすることはなかなか理解しがたいものがあるな。あれほどの人数を集めて競い合うのに、戦わずしてゲームとは」
サタンさまが見当違いの不満を漏らされると、
アスモデウス「いえ、戦っているわ。一定のルールのもと、体力と技術を駆使して競い合う。それが美しいんじゃない。それに、ただフィジカルが強いだけでもダメよ。ゲームごとの戦術、ワンプレーのアイデアとひらめき、知力も大いに必要なの」
アスモデウスさまが説明します。
そんなおふたりの眼下では、敵味方の選手が走り、跳び、ぶつかりあい、汗を飛び散らせ、芝に倒れ、また起き上がり、たったひとつのボールを追っています。
躍動し拍動し蠢動する若き肉体!
ええ、男子サッカーです。若い男子の体力知力生命力が爆発中!
となれば、思わずうっとり眺めるアスモデウスさま。
ローズピンクの唇がかすかに開き、熱い吐息を吐き出します。チロッ、と唇をなめる舌もエロティックです。
アスモデウスさま、観戦しながら本来の「色欲(LUST)」の能力、いえ、罪がうずくごようす。
ええ、なにもエッチなことだけが色欲ではございません。人間本来の生命躍動の力、これすべてエロースに通じるのです。
そんなアスモデウスさまにくらべ、
サタン「そういうものか。あれほどの男ども、武装すれば立派な兵になりそうなのを、ゲームなどで発散するなど、なにかこうじれったいが」
アスモデウス「そんな、武器なんてダメよ。ケガしたり死んじゃったら、もったいないでしょお?」
サタン「むろん、兵を損なうのは将たるものの暗愚なるを証明するようなもの。しかし戦に犠牲はつきものでもある」
あくまで、戦う=戦争のサタンさまに対して、
アスモデウス「だからぁ、そういう物騒なのじゃなくて、命が燃え盛るさまをもっと楽しむのよ。命そのものを味わうっていうのかしら。サタンもそろそろ、そういう味を覚えてもいいのじゃない?」
やんわりと切り返すアスモデウスさま。
その潤んだ瞳、濡れた唇が放射する「色欲」の魅力は、無意識にもサタンさまを直撃して止みません。
思わずドキッとしたサタンさま。
サタン「あー、あー、なんだ、その……アスモデウス卿ならば、いかがする」
アスモデウス「どうする、って?」
サタン「あれほどの軍団……もとい、生命力にあふれた男たちを、だ。ただこうして見ているだけではあるまい。ここへ来たのも何かの理由あってのことのはず」
しかしそこは冷静に、アスモデウスさまの本来の目的を問いただします。
これには、
アスモデウス「まぁ、お見通しっていうわけかしら。ええ、そうよ。スポーツは私にとって、かっこうのエネルギー吸収の場でもあるの。それも、ゲームが盛り上がる終盤、観客も選手も一体となって最高潮に達するしゅんかん、純度もボルテージも最上級のエネルギーが得られるのよね」
と、微笑むアスモデウスさま。瞳がキラッ、と輝きます。
サタン「なるほど、そうであったか! いや、さすがはアスモデウス卿、見事な采配、手管、このサタン、感じ入った次第!」
思わずサタンさまがうなると、
アスモデウス「まだまだ、こんなものじゃないわよ。ただゲームの盛り上がりを待っているだけじゃダメ。こうやって……」
自身に満ちて立ち上がるアスモデウスさま。
双眸を閉じ、集中すると、眼下のピッチに向かって両手をかざします。アスモデウスさまの全身が、荘厳なる妖気に包まれたと思った刹那、
アスモデウス「フェロモンシャワー、リバース!」
その両手からほとばしった光がピッチ上に渦巻、と思うと選手たち、観客たちになかへ吸い込まれていきます。
サタン「おお! あれは!」
アスモデウス「ふだんはエネルギーを吸収するのだけれど、こんなこともできるのよ。ほうら」
自信たっぷりのアスモデウスさま。
その態度を証明するかのように、
「うぉぉおおおおおおっ!!」
とつぜん湧き上がる怒号、歓声!
選手たちも観客たちも、エキサイトの極みに達して、声を上げています。もちろん試合も最高潮の盛り上がり。
そうです。アスモデウスさまがご自身のパワーを逆に人間たちに注入したのです。とうぜん、ただ試合を盛り上げるのだけが目当てではありません。
アスモデウス「こうやって最高に盛り上がったところで、上質のエネルギーをいただいて……あっ、え!? サタン? どこへ」
サタン「兵たちが沸き立っておる! こうしてはおれぬ! いざ、我もともに戦わん!」
ゲームであっても、アスモデウスさまのフェロモンパワー注入とわかっていても、目の前の戦いの潮流には血が騒ぐサタンさま。
じっとしてはおれず、装束を脱ぎ捨てます。その下には、まごうかたなきサッカーユニフォームが。
うん? ちょっと違うかも。とくにボトム。そんな極薄ブルマでだいじょうぶか? と止める者もおらず、
サタン「ボールを蹴ればよいのであろう! ゴールキーパーとやら、覚悟するがよい! 行くぞぉぉおお!」
いっきにピッチに駆け降りたサタンさまは、あっけにとられる選手たちをしり目にボールを奪うと、渾身のシュート!
これが、
ゴォォォオオオオオオル!
かと思いきや、
パァン!!
魔力みなぎる強すぎるキックのせいで、あっけなく破裂。飛び散ってしまったのです。
サタン「ぁ」
ぁ、ではありません。選手も観客たちも、
「ぁぁぁぁああああーーーー……」
せっかくの盛り上がりがいっしゅんでドン底のドン引き。
アスモデウス「ぁああ! 最高の、最上級のエネルギーが、もう、もう、イヤぁ!」
最上級のきらめきがー転、どんより濁ったものに。こんなもの吸収したら、ひどい胃もたれがしそうです。
アスモデウスさまはがっくりうなだれて諦めますが、そんなエネルギーを、
ベルゼバブ「……ん、もっと」
チュルんと平らげて、味はともかく量をもっと、と要求されるのはベルゼバブさまでした。いつの間に。
サタン「よーし、次、次! キックオフだ、行くぞ! おい、どこへ行く、ゲームだ、スポーツで戦え、おーい!」
