
私立摩央学園。
この、どこかで聞いたような名前の学園は、実在いたします。
もっとも校名はつい最近改称されたばかりのようです。わりとありがち、平凡だった校名が変わったのにはもちろん理由があります。
ええ、もうバレバレですが、ここは魔王さまがたが集う学園。
集う、というか、人間界の学園を信者を使って買収させ、魔王さまがたが好きなときに登校したり授業なんかもしてみたり、と、ようは魔王さまがたの遊び場です。
とはいえ、通常はふつうの授業がふつうどおり行われていますし、校名が変わったことにも気づかず、生徒も教員も職員も、いつもどおりにはたらいています。
そんな摩央学園ですが、ここのところちょっとした異変が起きているとか。
それは……。
マモン「はい、次の方。キミね。どうしたのかしら、ウフフ……」
特製の髑髏型スツールの上に腰掛け、にっこりほほ笑むマモンさま。
そのお姿。
はだけられた白衣からは、ぴっちりとしたタートルネックセーターに包まれた豊満なバストがむっちりと突きだし、高々と組んだ黒ストのおみ足は超ミニからみずみずしい生太ももをたっぷりとはみ出させています。
細いメタルフレームをくいっ、と持ち上げるしぐさ。その向こうから見つめる、知的で艶っぽい眼差し。
濡れた赤い唇が、微笑を形作って口角を持ち上げます。
香水とは違う、かぐわしい薫りがふんわりと舞い降りるような……。
そのすべてが、つまりは、
生徒A「うううう、たまらん! たまらんのですぅぅぉぉぉおお!」
生徒B「たまらんですたい!」
生徒C「タマランチ会長!」
とまあ、思春期の青少年を刺激して止まない、そんな状況は火を見るよりも明らかです。じゃっかん、おっさんぽい学生も混じっているようですが。
ここは学園の保健室。
マモンさまはとうぜん、校医の女医さんです。
そしてマモンさまが校医を始めるや、保健室は大人気。
やってくる学生が絶えず、昼休みなどあっという間に廊下の先まで長蛇の列。その列の99パーセントが男子学生ですが……。
そして今日も。
生徒A「お、お腹の具合が、いまいち悪くて」
マモン「わかったわ。はい、お注射よ」
チュ~! とマモンさまが手にした注射を、学生のまくりあげた腕に打ちます。
生徒A「ぬぉぉおお……! たまらん!」
なぜか恍惚の表情を浮かべる男子学生。注射が終わると、シャキッと立ち上がり、顔を紅潮させて出ていきます。
マモン「はい、次は誰かしらぁ」
生徒B「おいは頭が少々痛かですたい」
マモン「そう、大変ね。じゃあ、お注射打ちましょうね」
生徒B「ふぉっ! ほぉぉおおおおー!」
マモン「お大事に。はい、次の人ぉ」
なんのことはありません。
マモンさまの対応は基本、すべて同じ。
学生たちの腹痛にも頭痛にも、擦り傷や打ち身にも、はたまた恋や受験の悩みの相談にも、
マモン「大変だったわね。それじゃとっておきのこのお注射、打ってあげましょう。気持ちがすーっとして落ち付いて、痛みも悩みもなくなりますわよ。よく眠れるようになるし、ご飯がおいしくなって、身体がポカポカして、やる気が出るの」
万能薬か!
ええ、マモンさまといえば、魔界でもさまざま怪しげな薬……もとい、さまざまな新薬を開発しては、怪しげなビジネス……じゃなく! お役立ちなポジションにあります。誰も彼も、いっしゅんにして幸福にする、そんな薬もあるようですが。
マモン「ううん、違うわ。ここは人間界。魔界向けの強力なお薬は副作用が強すぎるもの。それに人間の男の子って単純でおバカ……まっすぐで正直で、けっこうかわいいのよね。応援したくなっちゃう」
わりと真面目に、学生たちを元気づける薬を与えていたのでしょうか。
と、そこへ、
レヴィアタン「ちょっとちょっとちょっとー! なにやってるのよー!」
飛び込んできたのはレヴィアタンさま。
こちらは女子学生の制服姿です。すっかり学園生活をエンジョイなさっているごようす。けれどえらい剣幕です。
マモン「あら、レヴィじゃない。ふふふ、どうしたの?」
レヴィアタン「どうした、じゃないわよ。男子たちになにをしたの!?」
レヴィアタンさまの言うには、保健室から帰って来た男子学生たちがいっせいにおかしな行動を取り始め、大変なことになっているということ。
マモン「あら、やっぱりよくなかったのかしら、あれが」
レヴィアタン「あれってなによ! このままじゃきっと、取り返しのつかないことになっちゃうんだからね!」
そこまで言われて、マモンさまも事の重大さに気付きます。確かめるために保健室を出ようとしたときでした。
「きゃぁぁああああっ!」
廊下に響き渡る悲鳴。もちろん女子生徒の、それも複数のものです。
マモン「まさか」
レヴィアタン「だから、あの注射とかなんなの?!」
しかしここでおふたりが言い合っている場合ではありません。廊下も教室も、すでに阿鼻叫喚のるつぼと化していたのでした。
生徒A「ぬぉぉおおおお! 血液が沸騰するぅぅうう! 熱い! 身体が熱いぞぉおおお!」
生徒B「猛烈にぃ! 猛烈に無茶したい! やんちゃしたいでごわすぅうう!」
生徒C「なんだこれは、いままでとはまったく違うぼくが! 新しい感覚がすみずみまで行きわたるっ! 研ぎ澄まされて、持て余すのだぁぁああっ!」
口々に叫びながら、廊下や教室を走り回り、荒ぶる生徒たち。その数は、
レヴィアタン「男子生徒のほとんど、こんなになっちゃってるんだからぁ! もう、どうするのよぉ!」
マモン「あらぁ。これまで保健室に来て、お注射を受けた生徒たちが、ここへ来て「発現」しちゃったのでしょうかねぇ」
レヴィアタン「だから! そのお注射に何が入ってたのよ!」
マモン「じつは、新しい薬の開発のために、地上の人間の生命エッセンスを集めていて、やっぱり若い学生のエッセンスって、生命力にあふれて最適なんですもの」
レヴィアタン「じゃあ、お注射するふりして、ほんとうはエッセンスを抜き取っていたんじゃない。ひどぉい!」
マモン「ええ、だから埋め合わせに、魔界の下級使い魔の生命エッセンスを注入しておきました。そっちは余っているんですもの」
レヴィアタン「えええ~!」
マモン「やっぱり、ダメだったかしら」
レヴィアタン「ダメに決まってるぅ!」
その間にも、使い魔の生命エッセンスが発現した男子生徒たちは、学園内のあらゆる場所で雄叫びを上げ、荒れ狂います。
あっという間に教室内の椅子や机が木の葉のように宙を舞い、家庭科教室にあった食材が荒らされ、理科教室の教材が壊され薬品などがまき散らされ、廊下の窓ガラスは次々と粉々にぶち破られていきます。
極めつけは、
生徒A「ぐるるる、ぐぉおおおお!」
獣のような目が光ったと思うと、いっせいに女子生徒に跳びかかり、襲い掛かり、つかみかかります。
「きゃぁぁあああああっ!」
レヴィアタン「まずいわよ、止めなくちゃ!」
マモン「いえ、待って!」
これ以上の事故、不祥事は、たとえ魔王さまがたといえど、リカバリーできません。
ふだんは呑気なレヴィアタンでさえ、男子生徒たちを止めようとしたほどです。ところがマモンさま、
マモン「見てごらんなさい、あれを」
レヴィアタン「だから、このままじゃ女子が乱暴されちゃ、ぅ……あ、れ?」
生徒A「リボンが乱れているでありますよ」
女子「ぁ、は、はい。ありがとう、ございます」
なんのことはない。服装の乱れを指摘したり、服に付いた糸くずをとってあげたりしているだけ。
レヴィアタン「でも、机を投げたり、ガラスを割ったりとか暴れて」
生徒B「はかどる! こうやって机や椅子を校庭へ出しておけば、掃除がはかどるですたい!」
生徒C「経年変化で劣化したりヒビが入ったガラスは、危ないから交換しないとね!」
どちらも掃除したり修繕したりと、ちっとも乱暴でも危なくもありません。
しまいには、各種教室のずっと使われずホコリをかぶった用具や備品を整理したり、食材でたちまち美味しい料理を作ったりと、
レヴィアタン「大活躍じゃない。ほぇ」
マモン「ほんとう、驚きましたね……あ、いえ、最初からこれを狙っていたんですのよ」
マモンさまの説明では、どうやら下級使い魔の生命エッセンスは生徒たちの身体に偶然にもうま~くマッチングし、人間界にはないチートな活動力とかやる気となって漲ったのだとか。
とはいえ、よこしまなことにだって能力の暴走はありそうなもの。
レヴィアタン「けっきょく、この学園の生徒たちが、みんなよい子だったからよかったんじゃない」
マモン「ええ。計画どおり、です」
レヴィアタン「なんかすごーく、ウソっぽぉい!」
この直後に行われたインターハイでも摩央学園は連戦連勝。
偏差値もぐんと上がったということです。
一か月後には、もとへ戻ってしまいましたが……。
