
♪チャン、チャラララララ~ン、チャン、チャラララララ~、ピョロロ~……。
なにやら謡曲の調べも聞こえてまいります。
そんな、うららかな日差しの差し込む新春の日。
周り一面、重ねられたお椀の山を築いているのは、ベルゼバブさま。
ベルゼバブ「……ん、んく……んっ」
そのお姿は艶やかな晴れ着のミニ。
いえ、ミニというよりボトムレス。動きやすさ重視で、足袋とおそろいの純白のアンダーがつねに丸見え。
しかしそんなことは下々の気にすること。
魔王たるもの泰然とかまえていっこうに問題となさる気配もありません。というか、気づいてない?
ベルゼバブ「ん、んっ……むちゅ、もちゅーっ、こくっ」
夢中で召し上がっているのはお雑煮。
澄まし汁に、お餅、青菜、海老、山菜等と、具材も色鮮やか。見た目にも楽しいお椀を、次々と平らげてまいります。
ベルゼバブ「……おぞうに、もっと」
かように人目もはばからず、もとより人目など魔王が気になさるはずもないのですが、もくもくと、もぐもぐと、雑煮を次々と平らげ、お椀の摩天楼を築いていくベルゼバブさま。
もはやあたりは一面、お椀のマンハッタン状態。
と、そこへ、
ルシファー「ちょっと、ベル、ここにいたの?」
新たなお声とともに登場されたのは、ルシファーさま。
こちらも艶やかさでは甲乙つけがたい、輝くようなお美しさ。
その場にパッ、と大輪の花が咲いたような、太陽の陽がさっ、と差し込んだような錯覚にさえ襲われます。
ええ、地獄の魔王、そのおひとりですが。
ルシファー「なにやってるのよベル。まさか元旦からずっと食べてたんじゃないでしょうね」
ルシファーさまが問いかけます。
これに対して、
ベルゼバブ「……んぐ。うん」
ルシファー「うん、って! じゃあもうひと月以上食べ続け……いくらあたしが迎えに来なかったからって、ううっ」
正直退いておられます、ルシファーさま。
整理しますと、ベルゼバブさま、元旦から約ひと月、ずっと雑煮を食べ続けておられるごようす。
それにしても、ルシファーさまならずとも誰も止めなかったのか、と思うところ、店の主人が揉み手しながらやってきました。
主人「このたびはごひいきに、ありがとうございます。つきましては、お会計のほうなんですが、これ、このように……」
そろばんを出すや、パチパチと弾きます。そこにあらわされた金額。
ルシファー「ファッ!? こ、これを払えと」
読めたんですね、そろばん。意外と庶民的教養にもあふれたルシファーさまなのでした。
それはいいのですが、こんどはルシファーさまのお顔がすぐれません。いえ、お顔の色が、でした。
みるみる、青ざめていきます。
ルシファー「こ、この金額……」
なぜか辺りを見回すルシファーさま。ひたいにイヤな汗もにじんでいるごようす。
主人「食い逃げでしたら、無理かと存じます。当店は二重三重のセキュリティーになっておりまして、ボタンひとつでセコ〇とアコ〇とワコ〇が駆けつけてまいりますので」
ルシファー「うしろのふたつは警備会社じゃないし! だいたい人間の警備会社ふぜいに、このルシファー様がつかまるとでも」
主人「え、ほんとうに食い逃げをなさるおつもりだったのですか」
ルシファー「ぅ……!」
顔色どころか旗色もどんどん悪くなって来るルシファーさま。
そこへ、
マモン「あらあら、騒々しいと思ったら、ルシファーさんではありませんの。なにかトラブルでもあったのかしら」
タイミングよく? 現れたのはマモンさま。そのうえ、どうやら旧知の間柄らしく、窮地に陥ったルシファーさまを一瞥するや、店の主人にアゴで、下がれ、と指図なさいます。なぜか、米つきバッタよろしく、何度も何度も九十度お辞儀を繰り返しながら後ずさっていく店の主人。
ルシファー「マモン、助かったわ。い、いや、人間ごとき、あたしがピンチに陥るはずなどない! ないけど、とりあえず礼を言っておくわ」
礼を言っているのか謝っているのか威張っているのか、いまひとつ定かではないルシファーさまですが、そこはそれ、相手に上から見下ろされるのが三度の食事よりもお嫌いな性格ゆえ、マモンさまも理解しておられます。
それよりもマモンさま、ルシファーさまとベルゼバブさまと、あたりの様相をご覧になって、さっそく事態を理解されたごようす。
マモン「あら、ずいぶん召し上がったみたいです? ちょっと失礼……昨日までの時点で10万6989杯……わんこ雑煮ですの?」
ルシファーさまがつきつけられた請求書をお手にとって、驚かれます。
ルシファー「それが、冗談でも、わんこ雑煮でもないから困っているんじゃない。ベルをこの店に放置したままだったのがいけなかったわ。いっそ店ごと地獄の業火で焼き尽くすのはかんたんだけれど、飼い主としての責任もあるし」
ベルゼバブ「……んく、もぐ、えび、おいしい、もっと」
ルシファーさまの苦悩もどこふく風。エビをおいしそうに頬張りながら、さらなるおかわりを要求するベルゼバブさま。
ルシファー「ところでマモンはこの店に、なんの用だったのよ。なにやら懇意みたいだったけど」
ルシファーさまがお尋ねになると、
マモン「懇意? わたくしが? いえ、わずかに添加するだけで、無性にこの店の料理が食べたくて中毒になる薬をちょっと、ね。ほほほほほ!」
ルシファー「なに? ではベルも」
マモン「いいえ、魔王には効きませんわ。下等な人間専用ですの。それよりも、お困りならば、よい情報を教えてさしあげましてよ」
ルシファー「よい情報ですって? 借りを作るのは好まないけれど、いまは背に腹は代えられない状況。と、とっとと教えなさい!」
と、あくまでも上に立とうとするルシファーさま。ほとんど逆切れ状態?
けれどそこはマモンさま、どこまでもルシファーさまをお立てになりつつ、
マモン「この店の食材の、たとえばお雑煮のエビ。芝エビではございませんわ。バナメイエビですの。お餅も、魚沼産コシヒカリのもち米から手づきで、なんてウソで、市販の切り餅ですわ。鶏も名古屋コーチンなどではなく……」
なんということ。次から次へと、食材の偽りを挙げていくマモンさま。たしかに店のメニューには、芝エビ、名古屋コーチン使用、などと書かれているのですから、これはまごうかたなき、
ルシファー「食品偽装じゃない! おのれ、店の主人を呼び戻せ! このあたしみずから、成敗してくれるわよ!」
いきりたつルシファーさま。食品偽装で不当に上乗せされた料金を請求されていたわけですから、無理もございません。
早くもルシファーさまの双眸から怒りの炎が漏れ出し、店中大参事! というところ、
サタン「すわ、戦争か! 戦争なら我をなぜ呼ばぬ! いのいちばんに一騎駆けにて!」
ルシファー、マモン「あんた(あなた)、どこから出て来たのよ!」
ベルゼバブ「……んく、んっ、おぞうに、もっと……」
