
ブロロロロ~~~!
高層ビルの間に、ふだんより大きく赤く見える月が輝いています。
夜のしじまを引き裂いて轟く爆音。
その中をさっそうと疾走する一台の大型バイク。
そしてバイクにまたがるのは、ぴちぴちのライダースーツを身にまとった美女、もとい美少女、いえいえ、魔王サタンさま!
深紅の大型バイクに合わせたような深紅のコスチュームが、夜の露を受けて血のように妖しく濡れ光ります。
マシンのタンクにギュッ、と押し付けられたバストがスーツからはみ出すようにひしゃげ、高く掲げたヒップは後続のドライバーを挑発するよう。
ふつう、フルフェイスのヘルメットに覆われているところが、サタンさま、ゴーグルのみのノーヘル状態。
長い髪が赤く風に翻ります。
凛々しい二本の角が空気を突き刺すようなライディングフォーム。
もとい、この角のせいでヘルメットがかぶれないのですが、そこはご愛敬。交通法規だってどこ吹く風、というより魔王さまには適応外です。
ゴーグルの下の素顔が、その唇が微笑します。
そのときでした。
サタン「ぅん……?」
サタンさまのバイクの進路を、別のバイクがふさいだのです。二台が左右から走り出たと思うと急激なターンで横を向き、立ちふさがります。
サタン「なに!?」
これにはサタンさまも驚かれました。
しかしそれはいっしゅん。
とっさに体重を移動するや、ハングオンの姿勢から強引にバイクをねじ伏せ、スライドさせるようにして停止させます。
車体が横滑りするスキール音が響き、アスファルトで焼けたタイヤゴムの煙とにおいがあたりを包みました。
サタン「何者だ!」
サタンさま、片脚を地面に下ろして叫びます。
そのときには、続々と他のバイクが集まって来ていました。
ブォンブォンブォン! ゴォッ、ゴォッ! ブロロロロロッ! ボバババババババ! ブワッブワッ!
けたたましい排気音の大合唱です。
サタンさまとそのバイクを中心に、輪のように居並ぶバイクたち。その数、20台以上はいるでしょうか。
どうみても暴走族です。
大型、中型、さまざまな形のバイクと、その上にまたがった者たち。ひと目で、全員が男だとわかります。
威嚇するようにバイクのスロットルを開ける彼らに、サタンさま、
サタン「なんの用だ! ひとが気持ちよくライディングを楽しんでおるところへ邪魔立てするとは無粋な。返答の次第によっては許さぬぞ!」
一喝します。
すると、ほぼいっせいに、バイクの排気音が止みました。
一転、静寂が訪れます。
それまでは聞こえなかった、他のメカニカルノイズや、金属と金属が触れ合う音、それにエンジンを切られた排気管が冷えていく、ピキン、カチンという音がやけにはっきりと聞こえました。
サタン「再び問おう! 何奴だ! もしや、天上界の手の者か!」
静かになった分だけ、サタンさまのお声が響きわたります。
同時に、ゴーグルを額の上へ持ち上げて周りを見回すと、取り囲んだバイク男たちからいっせいに、「おお~!!」という歓声とどよめきが沸き起こりました。
けげんに眉を尖らせるサタンさまに、ひとりの男が進み出ます。フルフェイスのヘルメットを脱ぐと、
暴走族A「まさかと思ったらほんとうにナオンちゃんだったとはな。こりゃあ、びっくらこいたぜ」
のたまわります。
別の男どもも、
暴走族B「うっひょぉ~! べっぴんじゃねえか! 後ろ姿がバックシャンだったから、もしかしたらと思ったらよぉ!」
暴走族C「見たことないバイクだぁ! よいぞぉ! よいぞぉ! お友だちになりたいわぁ!」
と、今では死滅しまくった言葉使いでサタンさまを値踏みするように近づきます。
サタン「ナオン? 我はナオンではない。サタンである。バックシャンとはなにか。朝シャンなら済ませてきたがな」
さらに困惑するサタンさまですが、進み出てきた三人だけでなく、次々ヘルメットを脱いだ周りの男たちが、どれもなんとも、むさいのは当然として、年齢層高め、加齢臭が風に乗って薫ってきそうです。
サタン「おぬしら、何歳だ」
思わずサタンさまが問うと、こんどはまた別のどよめき、というより動揺が広がりました。
暴走族A「な! なんだ、そんなことか。我々はぁ……」
暴走族B「歳は関係ないだろう、歳はぁ!」
なぜかあわてふためく男たちです。
それを見てサタンさま。
サタン「ははぁ。わかったぞ。おぬしらであろう。珍走団というのは。なんでも徒党を組んで交通法規を無視し、秩序を乱し、人々に迷惑をかけまくる輩だな!」
サタンさまの言葉に、
暴走族A「珍走違うわ! 暴走族……」
暴走族B「違う! 我々はぁ、旧車会だ!」
暴走族C「そうだそうだ!」
サタン「はぁ? 厩舎会、馬でも飼っておるのか」
と、サタンさまのボケはともかく、旧車会とは、ようするに暴走族のなれの果て。若者のバイク離れが進むなか、かつてバイクで暴走していた連中が大人になり、というより老けて、でもまだ集団でバイク暴走を行うという、なんともノスタルジック、もとい、迷惑なおっさん連中なのです。
このグループも平均年齢45歳という香ばしさ。
ところがサタンさま、
サタン「気に入った!」
一転、高らかに声を張り上げるサタンさま。
サタン「そのままだ。おぬしらはいわば社会の半端もの。他人に嫌われ疎まれ拒否られておるのであろう! よい、今日から我の下ではたらくがよい! そのマイナスのパワーを存分に発揮させてやろう!」
逆に、暴走族の男たちのほうが、あっけにとられています。
暴走族A「そ、そんなに嫌がられてたのか、オレたち」
暴走族B「子供や嫁さんになんて言おう……」
暴走族C「失業してたんで、就職先が見つかるのはうれしいんすけど」
いろいろ勘違いもしているようす。
しかしサタンさま。
サタン「ただし! はたらくといっても、これまでのように街でではない。我の指揮のもと魔界の軍団の一員となって、天界の軍団と戦うのだ! これこそ誉! 大いに誇りに思うがよい!」
なんのことはありません。
暴走族、もとい珍走団、もとい旧車会のめんめんを、いっきにサクッと配下におさめて、趣味の戦争を始めるつもりなのです。
たしかに、それなら街から珍走団が消えてこれもめでたし。
だいたいにおいてサタンさまのバイクは、魔界から呼び寄せた魔獣バイコーンが変形した姿。
内燃機関どころか、流行りのハイブリッドやEVですらなく、いわばバイオバイクなので騒音も排出ガスも皆無。
静かでクリーンなのです。冒頭の爆音はといえば、おひとりで疾走するサタンさまを見つけて追いかけてきた、珍走団のものなのでした。
サタン「いかにする! 返事がないなら、強制的に我の魔力で……」
暴走族A、B、C「ひぇぇええええー!」
サタンさまが満を持して、その力でバイクごと男たちを魔界の兵士に変換してしてしまおう、そうしたときでした。
ヴォォォオオオー!
こっちは正真正銘、爆音を響かせながらやって来た一台の車両。バイクではなく、車です。それも白と黒のツートーン、といえば、
暴走族A、B、C「やばいぜ、サツだ!」
サタン「いや、あれは」
全員が見つめる中、大きくパワースライドを決めた末、サタンさまの目の前に停車するパトロールカー。
もうもうたるタイヤスモークの中、シザードアが跳ね上がって、にゅっ、と伸びてきたのは真っ白く、伸びやかなおみ足。
その主はというと、
サタン「ルシファー卿! ルシファー卿ではないか! いかがしたのだ」
ルシファー「いかがした、じゃないわよ! サタン、勝手にこっちの世界の人間を魔界へ徴兵しようとしたり、ダメじゃない!」
まごうことなきルシファーさま。
そのコスチュームはといえば、白を基調としているものの限りなくポリススタイルというか婦警さんのそれであります。
頭にはかわいらしくかっこよく略帽まで。
暴走族A「うぉお! またまた超べっぴんさんのお出ましだぜぇ!」
暴走族B「超ミニから覗く太ももがまぶしいっス!」
暴走族C「ふたりとも外人さんなのに、日本語上手だな~」
よろこんだり驚いたりしている男たちをしり目に、サタンさまとルシファーさま。
サタン「よいではないか。半端に暴れるくらいなら、天界の軍団とひと勝負して散ったほうがこやつらのためでもある」
ルシファー「なに決めつけてるのよ! ていうか、天界と戦争すること自体、ひとりで勝手に決めたらダメでしょお!」
サタン「なにを言うのかルシファー卿、戦争こそこの世の華、もっとも美しい芸術とも言えるものなのだ」
ルシファー「またおかしな理屈持ち出したって、ダメなものはダメなんだからね!」
これを見ていた男たちも、
暴走族A「おい、なんだか」
暴走族B「オレ、嫁に牛乳買ってこいって言われてたんだ」
暴走族B「お、オレも、そろそろ帰ってネコに餌やらないと」
雲行きの妖しさにこそこそ逃げ出そうとします。
しかし、
サタン「あくまで阻むなら押しとおるまで! 出でよ、バイコーン!」
サタンさまの声に応えるように、それまでバイクだったものがゆっくりむっくり、起き上がります。
みるみる変形、そして巨大化すると、それは紛れもない……、
暴走族A「か、怪獣だぁ!」
いえ、魔獣です。
これに対してルシファーさまも、
ルシファー「あくまで、って、最初から悪魔だっていうのよ! そっちがやるならこっちだって、出なさい! パトカーライル!」
叫ぶと、これまたさっきまでルシファーさまが乗っていたパトカーがむくむく変形して、巨大な魔獣に。
「ウォォォォオオオオ!」
「キシャァァアアアアア!」
とつじょ、夜のビル街に現れた全長数十メートルもの魔獣に、あたりは騒然、いえ、パニックです。
暴走族A、B、C「ひぇぇえええ、逃げろぉぉぉおお!」
しかしバイクなんてとっくに蹴散らされてぺしゃんこのバラバラ。命からがら走って逃げるしかありません。
サタン「おもしろい、おもしろいぞルシファー卿! ならばここで一戦に及ぶべし!」
ルシファー「べし! じゃないのよ、止めなさいってば!」
どぉぉぉおおおおん!
……その夜、巨大な二体の魔獣を多くの人々が目撃した、はずだったのが、翌日になるとすっかり忘れておりました。
とくに街に被害もなかったようですし、めでたしめでたし。
サタン「うむ、次の機会を待つとするか」
ルシファー「だから、待つなー!」
