♪チャン、チャララララララ~。
流れる優雅な謡曲の調べ。
はて? もうとうにお正月は過ぎたはず。けれどそんなことはおかまいなしに、めいめい着飾って集まる魔王さまがた。
アスモデウス「なに言ってるのよ。今日は雛祭り! 女の子のお祭りなんだから。み~んな、思いっきり楽しまなくちゃ!」
と、アスモデウスさま。
もうすっかり弾けておいでのごようす。
そのお姿も、さいしょのうち身にまとっていた御着物はとうにはだけたりどこかへ行ってしまった態で、たわわ過ぎる胸の膨らみがふたつともに、まるっと露わになってしまっています。
量感もたっぷりと、けれどやわらかさを感じさせる美しいフォルムを描いた半球形の、その頂までも垣間見えそうな危うさに、
サタン「呑み過ぎだぞ、アスモデウス卿! 魔王たるもの、いついかなるときも戦いの心を忘れてはならぬのだ!」
一喝するのはサタンさま。
いつもの威勢のいい口調で進み出ます。
もちろん着飾っておいでなのですが、サタンさまの場合、それは戦装束のこと。
全身を包むのは、ふだんよりさらにものものしい真紅の甲冑。誇らしく角を飾りたてた兜。手には三又の長鑓。そのうえなんといっても、
「ブヒヒヒヒ~ン!」
またがるのは神馬、スレイプニルなのですから。
ルシファー「ちょっとあなた、サタン、なにそんな馬に乗ってんのよ! それ、どこから持ってきたわけ!」
マモン「スレイプニルといえば最高神オーディンの持ち馬ですわ。噂には聞いていましたけれど、こんなに大きくてたくましくて、いろんなところも……立派ですわね」
怒るルシファーさまと、半ば呆れながらも見とれているマモンさま。
ルシファーさまは、いつもの白を基調としたドレスがさらに華やかに、どこかウェディングドレスのよう。ちょっとシースルーのエロチシズムも。
マモンさまとなれば、もはや下着なのでは、というシルク&サテンとレースのブラ、コルセット、ショーツ、ガーターベルト、シーム入りストッキング、ピンヒール、と上から下まで黒とパープルで統一した大人の艶。
これに対して、
レヴィアタン「そうよ、ルシファーお姉さまの言う通りなんだからね! じゃまだし! そんな馬、入れないで!」
ベルフェゴール「だる~い。おしゃれして来いとか、めんどくさぁい。なんでわたしがこんなとこ……眠~い」
ベルゼバブ「んく、んく……ひなあられ、もっと」
最初からこのイベントに乗り気じゃなかったっぽいお三方。
レヴィアタンさまは、いつものカットソーに、極限まで切ったカット・オフ・ジーンズのボトム。
しかしながら、豪華な毛皮のハーフコートでキメるあたり、カジュアルファッションをしっかりと極めていらっしゃいます。
もっと、正直どこへ行くのもいっしょのベルフェゴールさまは、こちらこそいつものブラウスを羽織っただけ。かろうじて、ルーズソックスの上からスニーカーを履くことだけはできたごようす。
そしてもうおひと方、ベルゼバブさまといえば、いつもはゴシックロリータふう、メイドコスチュームふうミニドレスなのですが、
ルシファー「バブったら! ボタン、掛け違ってるじゃない。ひなあられもこんなにこぼしちゃってるし、ほら、お口のまわりふいて」
いつもは他の魔王さまがたを無理やりにも下に見ることはあっても、基本、気を遣うことなどないルシファーさまが、ベルゼバブさまのボタンを直したり、お口をハンカチで拭ったりと、かいがいしいお姿。
これを見たレヴィアタンさま、
レヴィアタン「お姉さま! そんな食べるだけのペットみたいなのに、なんか悔しい~! レヴィもボタン外れてるし! 雛あられだって、菱餅だって、お口のまわりいっぱいなんだからぁ! もぐもぐ、うぐっ!」
嫉妬の炎をメラメラ燃やし、そこらにあった雛あられやら菱餅やらを手づかみでお口へ。さらには、カットソーを自らビリビリ破いておしまいになります。
本来、嫉妬の念を吹き込み、下々を操るレヴィアタンさまなのですが、ルシファーさまへの想いだけは別格なのですね。
そんな騒ぎもどこへやら、
マモン「そのスレイプニル、オーディンさまへはなんと言ってお借りになったのです? さぞお骨折りのことと存じますが」
サタン「なに、同じ戦神のよしみ。厩へ行ったらこやつが退屈そうにしていたゆえ、運動がわりに連れ出して来た」
マモン「えっ、それでは無断で?」
サタン「案ずるまでもない。すっかり我になついておるぞ!」
ベルフェゴール「うわ~、脚いっぱい、キモイの」
スレイプニルといえば、一日千里を走ると言われる神獣です。
八本の脚が大地を蹴り、滑るように大地を疾走するだけでなく、空を飛ぶこともできるのだとか。
スレイプニル「ブヒヒヒヒ! ブヒヒヒヒン!!」
歯を剥き出し、うなるスレイプニル。四本の後ろ足で立ち上がり、四本の前足で空中をかきます。
サタン「はっはっは、こやつめ! 逸っておるな!」
ベルゼバブ「うま、くさい。うま、くさい」
たしかに、これだけの巨大な馬となれば、存在感はいろいろ強烈。
魔王さまがたの身体ほどもある大きな顔をヌ~ッ、と突き出し、ブヒヒ! といななけば、
レヴィアタン「きゃぁっ!」
とつぜん、レヴィアタンさまが悲鳴を上げます。
その背中が異様に盛り上がっているのは、着ていた毛皮のハーフコートが突っ張って脱げそう、というよりいまにも飛んで行ってしまいそうです。
コート「キュ! キュルル!」
じつはこのコート、レヴィアタンの使い魔、べひもすが化けた姿だったのでした。
おしゃれして外出、と思いながらも、新しいコートを買いに行くのは少々面倒だったレヴィアタンさま、手っ取り早く、使い魔をコートに化けさせていたのです。
レヴィアタン「ちょ、ちょっと! 待ってよ、べひ! その馬、こっち向けないで! サタン、なんとかしてってばぁ!」
サタン「うむ、どうもそのコート、もとい使い魔の匂いに惹かれているようすなのだ。こら、静まれ! 我に従え……う、うわっ!」
とうとうコートからもとの姿に戻ったべひもす。そのべひもすを見るや、目の色を変えて追いかけるスレイプニル。
もうサタンさまが止めようと手綱を引き絞っても止まらず、かえってサタンさまを振り落しそうな勢いです。
そのうえ、コートを失ったレヴィアタンさまは、自分からビリビリ破いたカットソーのせいで、これまたあられもないお姿に。
レヴィアタン「あ~ん、お姉さま! ルシファーお姉さまぁ!」
ルシファー「まぁ、なにやってるのよレヴィ!」
サタン「静まれぇ! はいよぉ! どう、どう!」
ベルゼバブ「しろざけ、もっと」
ベルフェゴール「ふぁあ! ネトゲのスタミナが回復してるころだからぁ、もう帰ってい~い?」
あたりはもう手の付けられない混乱に。
このようすに、主催者たるアスモデウスさま。
アスモデウス「あ~、もうどうなってるの! おしゃれして、美味しいもの食べて、まったりガールズトークはどうしたのよ! 座って、座りなさい! そこ、お雛様は食べ物じゃないから! ぁ、雛段を上らないで。雛飾りの箪笥には何も入ってないわよ!」
呼びかけてもなしのつぶて。暖簾に腕押し。糠に釘。
あきらめかけたそのとき、
マモン「待って……あれは!」
とつぜん、二羽の大鴉がどこからともなく舞い降りて来たではありませんか。あたりを威嚇するように飛び回ると、
スレイプニル「ブヒヒ! ブヒヒヒヒ~!!」
スレイプニルもさらに興奮して走り回ります。
ルシファー「なんなのよ、あれ!」
マモン「あれは、フギンとムニンですわ。オーディン神が遣わす神鳥。おそらく、厩からいなくなったスレイプニルを探しに」
サタン「なに、ではこのスレイプニルを追ってきたと申すか! おもしろい、オーディン神の遣い魔、相手にとって不足はない。この我が相手だ!」
剣を抜き放つサタンさまですが、
アスモデウス「あなたが連れて来たんでしょ! 責任とって連れ帰って!」
ふだん、めったに怒らないアスモデウスさまの癇癪が破裂したのも無理からぬことと、一同、納得するほかないのでした。
レヴィアタン「レヴィの服~! べひ~、帰って来て~!」
