
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。
聞えてくるのはものものしい足音。
地響きを立てて迫って来る勢いです。
すわっ、軍靴の足音か? 日本の右傾化か?
サタン「戦だな! 我もともに戦おうぞ!」
さっそく、さっそうと降り立つサタンさま。
しかしてその出で立ちは、いつもの真紅の甲冑ランジェリーふうコスチュームとはまったく異なるお姿。
レオタードにも似たスタンドカラーのブラウスに、ブーツとグローブ。
腰にはアクセントのベルト。大きなバックルが目を惹きます。
けれどそれよりも奇抜なのは、手にした大きな旗。そう、まるでサタンさまは旗手のよう。
そういえば左腕の腕章や、目深にかぶったつば付き帽子など、ちょっとなんだか別の意味で危ない雰囲気です。
サタン「今日このとき、これほどの軍団が集まったのをうれしく思う! この国にもまだ鋼の心を持つ兵(つわもの)が残っていたのだな。いざ、戦わん! 我に続け!」
旗をかかげ、意気揚々と先導するサタンさま。
その背後には、十、二十……たしかに百人を超える集団がたたずんでいます。
黒っぽい迷彩パターンの戦闘服一式に身を包み、手にはアサルトライフル、頭にはやはり迷彩ヘルメット。
そのうえ顔をすっぽりと覆うゴーグルとマスク。
これこそ、サタンさまが召還した地獄の軍団!?
兵士A「あ、あのー、飛び入り、すか?」
サタン「なんだ、飛び入りとは? 飛んで火に入る夏の虫、のことか? 気に入ったぞ! わが先鋒をつとめるのを許す!」
兵士B「あ、いや、そうじゃなくて、その、参加してくれるならうれしいんすけど、その軽装だとケガしちゃうかなー、と」
兵士C「あと、ゴーグルとマスクはルールで必須ですんで。あ、予備ありますから、使います? 未使用なんで」
サタン「軽装だと? これは我の盛装であるぞ。未使用とはなにか、我はつねに未使用に決まっておろう!」
兵士A「ふぁ!? い、いえ、そういう意味では」
どうやら少々、いえ、かなり行き違い、すれ違い、勘違い、そもそも人種というか種族違いの次元違いなのですから、思い違いもしかたないとはいえ、困った事態には変わりありません。
兵士A「弱ったなぁ。とりあえず応援、チアガールみたいなのでお願いできれば。あ、そっちいかないで! バトルフィールド入ると撃たれちゃいますから!」
サタン「なに? 我が銃弾など恐れると思ってか! そもそも命すら、我にとってはあってなきようなもの」
兵士B「……かなり不思議ちゃん入ってる感じすかね」
兵士C「でも、すんげー美人さんだしナイスバディーっていうか、外人さんだけど言葉は通じるし」
兵士A「やっぱここは、我が隊のマスコットガールにお迎え~とか」
じつのところ、この物騒な武装集団。サバイバルゲームを楽しむ民間の有志だったのです。
つまり軍隊でも兵士でもなく、外見こそいかついものの、中身はただの民間人。それも限りなくおっさんです。
持っている武器も本物の銃器ではなく、ガスガンやエアガン。
つまりただのおもちゃ。
暖かくなってきた季節、郊外のフィールドでサバイバルゲームを催すべく集まった集団を、あろうことかサタンさま、本物と間違えてしまったようです。
欣喜雀躍しながら降臨し、いざ、軍団を率いて一勝負、もといひと汗かこうか、と思ったところへこのていたらく。
なにより、覇気も闘気も殺気もない兵士たち(中身はおっさん)に、だんだんイライラし始めます。
サタン「なにをこそこそやっておるのか! 正々堂々と戦わぬか! ええい、もうよい! 我が手本を見せてやろう! 我が背後についてくるがよいぞ!」
とうとう、業を煮やしたサタンさまがひとりででも飛び出そうとしたときでした。
ベルフェゴール「うにゃ~、なに騒いでるのかな~。も~うるさくてお昼寝できないのぉ~」
眠そうな目をこすりながら現れたのは、
サタン「ベルフェゴール卿! このような場所になぜ。そうか、もしやこの軍団を召還したのは、卿であったか!」
まさしくベルフェゴールさま。ほとんど寝間着のようなブラウスをなだけながら、ほとんど寝起きの表情で大アクビをひとつ。
それを見た兵士(おっさん)たち。
兵士A「おおお! こんどはロリ美少女が! なんてこった!」
兵士B「ロリでもしっかり膨らむところは膨らんでおり、や~らかそうな……」
兵士C「こんなむさいサバゲーのバトルフィールドに、美女と美少女! マジ生きててよかった!」
歓喜の声をあげるどころか、泣き出すおっさんまで。
そんな外野を後目に、ベルフェゴールさま。ふるふると首を振って、
ベルフェゴール「違~うの。わたし、退屈だからゲームで遊んでたんだぁ~。でもゲームも飽きちゃってぇ」
するっ、と取り出す携帯用ゲーム機。
といっても、片手にはポテチの袋。もう片手で袋の中からポテチをつまんではポリポリ、なので、携帯ゲーム機はしっぽの手がつかんでいるのでした。
それを見て、にわかに動揺する兵士(おっさん)たち。
無理もありません。魔界の王たちの、それも異形なる姿を前にしては……、
兵士A「うご! あ、あれは!」
兵士B「見たこともない、携帯ゲーム機だぞ!」
兵士C「新型のニン〇ンドー3DSか、PS-V〇TAなのか!」
そっちかい!
ところが、ベルフェゴールさまが携帯ゲームの画面を見ながら、ポチポチとなにやらボタンを押したとたん、
兵士A「うっ!」
兵士B「パンツァーフォー!」
兵士C「キルキルキル!」
さっきまで外見こそそれっぽかったものの、物腰はおっさんそのものだった兵士(おっさん)が、急にシャキッと背筋が伸び、ゴーグルの上からでもらんらんと眼光が輝いてきたではありませんか。
サタン「これは! いったいどうやったのだ。さっきまでの腑抜けどもが、全身から妖気を放っているぞ」
ベルフェゴール「うん。武器みたいなの持ってる人間いっぱい集まってるし、ちょうどいいかな~って、操ってみた。ラ・ムール・ディアーブルで」
それはベルフェゴールさまの魔力のひとつ。
全身から放射されるフェロモンで、人間などはいちころ。どうにでも操れるのです。その効き目、およそ数時間。
サタン「そのようなこともできるのか! さすがはベルフェゴール卿」
ベルフェゴール「さたんもやってみるぅ? はい」
と言って、ベルフェゴールさまが差し出す携帯用ゲーム機。
そのスロットに刺さっているソフトは、
サタン「コールオブデュー……なんだ、読めんな。まぁ、なんでもよい。ゆくぞ! 前進あるのみ!」
なにやら有名なFPSのようす。
さすがはゲームもマニア級のベルフェゴールさまです。
しかしそんなことはまったく頓着しないサタンさま。気合一発、渾身の力でゲーム機のボタンをプッシュします。
とたん、
サタン「あ」
ミシッ、バリッ!
たちまち筐体に亀裂が。さらには液晶画面にもひびが入り、あっという間に真っ暗に。ゲーム機、いっかんの終わりです。
ベルフェゴール「ぁああ~! まだデータが……ああ~、ソフトまでイッちゃってるぅ~!」
サタンさまのバカ力……もとい、お力は、刺さっていたソフトごと携帯ゲームを粉砕してしまっていたのでした。
ベルフェゴール「バカバカバカ、さたんのバカぁ~!」
手にしたポテチを次々に投げつけ、非難を浴びせつつ走り去るベルフェゴールさま。憤懣やるかたなしです。
残されたサタンさまは、
サタン「あ、ベルフェゴール卿! ……やれやれ是非もなし。しかし卿のおかげで腑抜けどもにもカツが入った。これでぞんぶんに楽しめそうだ! ゆくぞ、このサタンに続け!」
旗を手に、兵士たちを引き連れ、さっそうと進撃……と見えたサタンさまでしたが、
兵士A「……ダメだ、今日はダメだ出直す」
兵士B「なんか頭の中に虹がかかったみたいでダメっす。帰るっす」
兵士C「おつです。右に同じです。帰って二郎行こ」
ベルフェゴールさまの魔力も消えたいま、誰もついていく者はいないのでした。
サタン「をい!」
