「きりーつ!」
日直の声で、教室中の生徒たちがいっせいに立ち上がります。
それを合図のように、教室の前のドアが開き、入って来たのは……。
「ほぉわ!?」
「うげっ!」
「きゃぁああっ!」
生徒たちが口々に声を上げます。
ちょっとしたパニック状態。そんなプチ阿鼻叫喚の中、どうどうと教壇まで歩くのは、誰あろう、
ベリアル「おはよう、生徒のみんな。いい天気ね。さっそくホームルーム、始めるわよ」
ベリアルさまです。まごうかたなきベリアルさま。
しかしベリアルさまがなぜ学園に?
ベリアル「いいじゃない、ちょっとしたヒマつぶしよ。それに地獄では卑劣な傲慢めに奪われた我が勢力を、ここ人間界で盛り返し、って、んんっ! ……そんなことはともかく、出席取るわよ! 相原、安部、大石……」
ははぁ、どうやら捲土重来、剛力招来、ベリアルさま、この地上での巻き返しを狙ってのごようす。
さすがは地獄の元名家、バーンデール家のご出身だけはあります。
あれ? そういえばベリアルさま、ふだんから、
ベリアル『私の信者の数は地上界に100億人よ!』
と豪語されていたのでは?
いまさら勢力拡大もないのでは? てか、地球上に70億人くらいしか人、いませんが。
ベリアル「っさいわねえ。小さいことをガタガタと! こういうのはふだんから地道な積み重ねが……なんでもないなんでもない! とにかく出席よ……田中、茅原、富田林!」
なにやらごまかしつつ、出席簿を読み上げるベリアルさま。
しかし生徒たちはといえば、唖然、茫然、口あんぐり、固まっています。
これはなにも、さっそくベリアルさまに魂を抜かれたわけではありません。
いえ、別の意味では魂を抜かれた、と言えるかもしれないのですが、その理由はその、ベリアルさまのお姿にありました。
ベリアル「ぅん? どうかしましたの、あなたたち」
と、自信満々に振り返ると、大きなふたつの胸のふくらみが、早くもプリュン、ユヤン! と大きく波打ち揺れ乱れます。
というのもベリアルさま。
ほとんどセミヌード。いえ、蝉がヌードになっているわけではありません。そんな季節でもございません。
身にまとっておいでなのは、女教師ファッションの定番ともいえるタートルネックセーター。
なのですが、首元こそたしかにタートル状とはいえ、その下、胸の部分は大きくえぐりとられ、ぽっかりと素肌をさらしてしまっておいでです。
かろうじて、下着の超ビキニブラで要所を覆われているとはいうものの、その豊満傲慢わがままバストは、上乳も谷間も横乳も、これでもかと露出しておいでなのです。
バストだけではありません。
ボトムのほうも、なにやら衣服を一、二枚着忘れてるかのよう。
もっとかんたんに言えば、艶やかなおヒップがほとんどまるごと全開、満開、大放出なのでありました。
そんな、とうてい教師とは思えないベリアルさまの破廉恥……もとい麗しいお姿を前にして、生徒一同、どうしていいかわからず、女子は赤面し、男子は前かがみになり、ショックに打ちのめされていた、というわけなのでした。
これを見て、ますます自信を深めるベリアルさま。
ベリアル「なによ、思ったよりぜんぜんチョロいわね。フフフ、昨夜アスタロトといっしょに夜なべして衣装を作った甲斐があったみたいね」
なんとベリアルさま。
この超セクシーコスは前夜、アスタロトさまといっしょにお作りになったものだったのです。
そのもようを、時空を超えて覗いてみると……。
アスタロト「ベリアルさま~、もうぜんぜん布が足りません~!」
アスタロトさまが弱々しい声を上げます。
もう深夜の二時を回っていました。
みればアスタロトさま、慣れない裁縫でいくつも傷を作ったのか、絆創膏だらけの手に針を持ち、なにやら縫っている真っ最中。
ベリアル「なんだい、アスタロト。いつもの私のかっこうじゃあ地上でさりげなく暮らすのはむずかしいっておまえが言うから、新しい服を作らせてやってるんじゃない」
と、ベリアルさまが上から目線、もとい椅子に浅く腰かけ脚を組んで、見下ろします。ふたりで、などと言っていましたが、やはり衣装を作ったのは百パーセントアスタロトさまでした。
アスタロト「それはそうなんですけど、だってベリアルさま、そのかっこうじゃ、ちょっとやっぱりぜんぜん無理っていうか」
アスタロトさまが口ごもるのも無理ありません。
ルシファーさまとの戦いで連戦連敗。
先祖伝来の館や財産などいっさいを失ったベリアルさまは文字どおり裸一貫。
身につけているのもドレスなどではなく、ご近所の親切な炎の魔戦車・グノーシスさんだけなのです。
グノーシスさんはもともと衣装でも、便利に伸び縮みするわけでもありませんから、ベリアルさまが裸身にグノーシスさまをまとっても、覆い隠せる部分はごくわずか、ほんの一部、要所をピンポイントで押さえるのみです。
しかし誇り高いベリアルさまは、そんな姿にも少しもひるまず、つねにどうどうと背筋を伸ばしていらっしゃいます。
さすがは魔界一の、元名門のご出身。もとい、どこか露出のご趣味があるような……。
ベリアル「とにかく、人間の学園が楽しいところだって、おまえが言うから、私も行ってみようって思ったんだから。そうしたら、私は生徒より教師だ、って言って、女教師のファッションはこんなだ、って」
アスタロト「はい。たしかに言ったんですけどぉ、これっぽっちの布切れじゃとてもスーツなんて作れませんよぉ」
どうやらスーツを作るよう命じられて、アスタロトさま、布地から買いに行ったのでした。
しかしベリアルさまは窮乏のおり、買えた布地はせいぜいバスタオル一枚分程度。それでスーツの上着とスカートを作るのは、誰がどう見ても不可能なのでした。
そんなでしたから、夜なべの末にアスタロトさまが半泣きで、
アスタロト「ぐすっ、ぅぅ、できましたぁ、ベリアルさまぁ」
差し出したのが、いまベリアルさまが身にまとっている、ごく布地の少ないセクシー衣装だったとしても、誰が責められましょう。
というより、布がぜんぜん買えないゆえの、結果セクシー露出コスだったのですね。
ここでまた時空はもとの教室へ戻ります。
ベリアル「フフン! この生徒たちのありさまを見れば、もうこの学園も私のものになったも同然。アスタロトにはあとで褒美をあげないとねぇ。なにがいいかしら。そうそう、さっきここへ来るまえにスーパーで見かけた、ネコの絵のついた缶詰が超安かったから、それがいいかもだわ」
そんな経緯を吹き飛ばすかのように、ベリアルさま、超強気の本気です。よゆうでアスタロトさまへのお土産まで思案するほど。
しかしそんなべリアルさまのターンもつかの間、
ガラッ! とつぜん、勢いよく教室のドアが開け放たれます。誰もが注視するその中を、あらわれたのは、
ルシファー「なにをやっているの、べリアル! 勝手な真似は許さないんだからね!」
まごうかたなき魔王さま筆頭、ルシファーさま。
ビシッ! と指を突きつけます。
今日も輝くようなお美しさ。いつものドレスの代わりに、ストライプのスーツと白ブラウス。スカート丈はとうぜんミニで、これぞ正統、女教師ファッションです。
ざわざわする教室を前に、しかしべリアルさま、少しも動じず、
べリアル「おや、傲慢。久しぶりねえ。けど、勝手な真似とか、なんのことかしら。ここは地上の学園。魔力を使っての戦いは無粋というものよ」
言い放ちます。
これにはルシファーさまも、
ルシファー「あら、べリアルのくせにけっこうマトモなこと言うじゃない。なら話は早いわね。そんな裸みたいなエロコス、学園内では禁止よ! わかったら、さっさと帰りなさい!」
毅然と言い返します。
教壇の上はいっしゅんにして緊張の極み。
傲慢の罪vs虚飾の罪、美しき対決がいままた始まるのでしょうか。
べリアル「なんですって。この高貴な衣装のどこが裸みたいだって言うの。言うに事を欠いて、目がどうにかなったんじゃなくて!」
ルシファー「はぁ? なに言ってんの? それが裸じゃなければ、水着なんて超厚着だっていうのよ……はっ!」
ここでルシファーさまも気づきます。
いつも魔戦車・グノーシスさまのみをまとったべリアルさま。ほぼ裸同然のスタイルゆえ、いまのこの布地欠乏ファッションも、ふだんから比べると超厚着の範疇となってしまうということ。
べリアル「あははははは! この際コスチュームなんてどうでもいい。いっそ、ここにいる生徒たちに聞いてみようじゃないか。私と傲慢のどちらかが魅力的か、ってことをね!」
またまたべリアルさま、まったく負けていません。
ルシファー「いい度胸ね! このあたしに挑戦しようなんて、百億年早いって、思い知らせてあげるわよ!」
べリアル「言ったわね! その傲慢な口を二度と利けなくしてやるから、覚悟しておきなさいよ!」
そして対決は、べリアルさまの言葉どおり、教室の生徒たちの投票によって決まるのです。
べリアルさまには勝算がありました。
べリアル「フフフ、私が入って来たときの、生徒たちの態度。声も出せずに固まっていたわ。つまりそれだけ、私の魅力にぞっこんってこと。勝った! この勝負、私の勝ちよ!」
学級委員「えー、投票の結果を発表します。28対2で、ルシファー先生の勝ち、です」
べリアル「ほっほほほ! これぞ、私の実力! ……って、ええええ!?」
うろたえるべリアルさま。不覚にも声を上げてしまいます。
この勝利にもルシファーさまは、
ルシファー「ま、当然よね。勝ち誇る気にもなれないんだけど」
むしろ大人の対応。
そして、じつはすべてを廊下から見ていたのはアスタロトさまでした。
アスタロト「過剰な露出やお色気は刺激が強すぎて、生徒たちにはNGなんですよぉ、べリアルさま。あたしがもっとステキなスーツを……でも布地が少ないから無理だし。やっぱダメダメ……」
こうしてまたもルシファーさまに負けたべリアルさま。
魔界の住処へ戻るや、
アスタロト「もうお止めになっては、べリアルさま。ペットボトル5本目ですよ。お身体にさわります」
べリアル「なに言ってるのよ! もっと持っておいで! これが呑まずにいられるかっていうのよ!」
ヤケ酒ならぬヤケジュースで、やるかたない憤懣に身を悶えさせていたということです。
ええ、お酒を買うには予算が足りなかったので……。